大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成11年(ワ)13662号 判決

原告 X

右訴訟代理人弁護士 澁谷泉

同 立花市子

被告 東栄信用金庫

右代表者代表理事 A

右訴訟代理人弁護士 竹内淳

同 小玉伸一郎

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(主位的及び予備的請求)

1 被告は、原告に対し、金一三八万一九〇〇円及びこれに対する平成一一年六月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は、被告の負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和四七年六月一九日、被告との間に、普通預金契約を締結した(当初の口座番号は、〈省略〉であったが、昭和四九年一〇月七日に〈省略〉に変更された。以下「本件普通預金口座」という。)。

2  本件普通預金口座には、昭和六一年一一月一八日当時、一三八万一九〇〇円の残高があった。

3(1)  被告は、本件普通預金口座から、昭和六一年一一月一九日に四八万円、同月二一日に四六万円、同月二七日に四四万一九〇〇円を払い戻している。

(2)  右払戻しは、原告又はその代理人に対し行われたものではなく、また、本件普通預金口座の通帳及び取引印のいずれにも基づくことなく行われたものであり、被告の被用者である担当者が、業務の執行に当たり、故意又は過失に基づき、本人確認、通帳及び取引印の確認のいずれも怠って払戻しを行ったものである。

4  よって、原告は、被告に対し、主位的に、普通預金契約に基づき、本件普通預金口座の預金残高である一三八万一九〇〇円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である平成一一年六月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、予備的に不法行為による損害賠償請求権に基づき、被告が本件預金口座から第三者に払い戻した一三八万一九〇〇円及びこれに対する不法行為の後である平成一一年六月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2の各事実は認める。

2  同3(1)の事実は認め、(2)の事実は否認する。

本件預金口座からの払戻しは、無通帳による預金払戻請求に応じて行われた(以下「無通帳取引」という。)ものであるが、被告の取扱いに従い、複数の担当者により本人確認書面により払戻請求者が原告本人であること、払戻申込書に届出印の押捺があることを確認して払戻しに応じたものであり、本件払戻しを担当した者に過失は認められない。

三  抗弁

1  被告は、原告に対し、本件預金口座から昭和六一年一一月一九日に四八万円、同月二一日に四六万円、同月二七日に四四万一九〇〇円を払い戻した。

2(1)  原告は、本件預金口座に関して、昭和五七年三月二七日に六〇〇円の振込入金をしてから取引を行っていない。

したがって、原告の本件預金債権については、昭和五七年三月二七日から一〇年を経過した時点で時効により消滅した。

(2)  被告は、平成一一年八月二三日の口頭弁論期日において、消滅時効を援用した。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実のうち、本件預金口座から被告主張にかかる払戻しが行われた事実は認めるが、右払戻しが原告に対し行われた事実は否認する。

2  抗弁2は争う。

五  再抗弁

1  被告は、原告に対し、平成一〇年一二月一〇日、本件預金口座から一三八一円を払い戻したことにより、時効の利益を放棄した。

2  被告が、公共性を有する金融機関であることを考えると、千円余りの元利金の払戻しに応じながら、本件預金債権について時効を援用することは、信義則上許されない。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1の事実のうち、被告が原告に対し平成一〇年一二月一〇日本件預金口座から一三八一円を払い戻した事実は認め、右払戻しが時効の利益の放棄に当たるとの主張は争う。

被告は、右払戻しに当たって、明確に本件預金債権である一三八万一九〇〇円を控除した残額であることを特定して払戻しを行ったのであるから、被告の右払戻しが時効の利益の放棄に当たるものではない。

2  再抗弁2は争う。本件預金債権については、一〇年の文書保存期間が経過したため、払戻手続に関する書類がすべて廃棄されて、被告において当時の払戻しの状況について明らかにすることが困難になったので、時効を援用するものであり、これは、消滅時効の存在理由に従ったものであって、被告の時効援用が信義則に反して許されない理由はない。

理由

一  原告の普通預金契約に基づく主位的請求について、まず判断する。

1(請求原因について)

原告が昭和四七年六月一九日被告との間に普通預金契約を締結したこと、本件普通預金口座には昭和六一年一一月一八日当時一三八万一九〇〇円の残高があったことは、当事者間に争いがない。

2(抗弁1について)

(1)  被告が本件預金口座から昭和六一年一一月一九日に四八万円、同月二一日に四六万円、同月二七日に四四万一九〇〇円を払い戻したことは、当事者間に争いがない。

(2)  しかしながら、本件全証拠によるも、本件預金口座からの右払戻しが、原告若しくは原告の代理人に対し行われたことを認めるに足りる証拠はない。

そうすると、被告の本件預金債権の弁済の抗弁は認められない。

3(抗弁2について)

(1)  〈証拠省略〉によれば、原告は本件預金口座に関して昭和五七年三月二七日に六〇〇円の振込入金をしてから取引を行っていないことが認められる。

そうすると、原告の本件預金債権については、昭和五七年三月二七日から一〇年を経過した時点で時効により消滅したというべきである。

(2)  被告が平成一一年八月二三日の口頭弁論期日において消滅時効を援用したことは、本件記録上明らかである。

4(再抗弁1について)

(1)  被告が原告に対し平成一〇年一二月一〇日本件預金口座から一三八一円を払い戻した事実は、当事者間に争いがない。

(2)  〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨によれば、被告は、平成一〇年一二月一〇日、原告から本件普通預金口座の解約申出を受けて、本件預金債権である一三八万一九〇〇円については既に払戻しによって消滅しているとの認識の下、右時点における本件普通預金口座の残高である一三八一円について本件普通預金口座の解約に伴う払戻しに応じたこと、右解約を契機にして、本件預金債権の払戻しを受けていないと主張する原告と右債権については原告に払戻しを行っていると主張する被告との間に紛争が生じて、本件訴訟にまで至ったことが認められる。

右事実によれば、被告が一三八一円を払い戻した際、被告は、右一三八一円の預金債権と本件普通預金債権は明確に区別した上で、一三八一円の払戻しに応じたものであるから、被告が一三八一円の払戻しに応じたことをもって、本件預金債権に関して時効の利益を放棄したものであると認めることはできない。

5(再抗弁2について)

前記2(1)記載の当事者間に争いのない事実及び証拠(乙三)並びに弁論の全趣旨によれば、本件預金債権については、被告により既に第三者に払い戻されて、本件預金口座に存在しないところ、本件預金債権の払戻しを受けていないと主張する原告と右債権については原告に払戻しを行っていると主張する被告との間に紛争が生じているのであり、そして、被告においては、一〇年の文書保存期間が経過したため、本件預金債権の払戻手続に関する書類がすべて廃棄されて、被告において当時の払戻しの状況を明らかにすることが困難であることを理由に、消滅時効を援用していることが認められるのであり、右に認定した事情は、預金口座に預金債権が残存している状態にあるのに、預金者が長期間請求を怠っていたために、金融機関である被告が消滅時効を主張して右預金の払戻しを拒否するという状況とは全く異なるのであり、本件預金債権についての被告の消滅時効の援用が信義則に反して許されないと解することはできない。

6 以上によれば、原告の普通預金契約に基づく、本件預金債権の返還請求は、既に時効により消滅しているので認められない。

二  次に、原告の不法行為による損害賠償請求について判断する。

1  前記一2(1)記載の当事者間に争いのない事実及び〈証拠省略〉並びに弁論の全趣旨によれば、本件預金債権については、昭和六一年一一月一九日に四八万円、同月二一日に四六万円、同月二七日に四四万一九〇〇円が無通帳取引により払い戻され、その結果、本件普通預金口座の残高は二三円になったこと、本件普通預金口座から無通帳取引によって預金が払い戻しされたのは初めてのことであること、原告は右払戻しを受けたことはなく、本件普通預金口座の取引印である原告所有の印鑑を他人に貸したこともなく、また、盗まれたこともないことが認められる。

2  一方、〈証拠省略〉によれば、被告における昭和六一年当時の取扱いとして、預金者が通帳を持参しないで預金の払戻しを請求した場合、届出印鑑を持参し、払戻請求者が預金者本人であることが確認できれば、預金の払戻しに応じていたこと、通帳も届出印鑑も持参しない場合には、預金の払戻しには応じていなかったこと、被告においては、オペレーターと役席者が各自キーを所持し、無通帳取引に関しては、オペレーターのキーと役席者のキーを合わせなければ、出金処理ができないシステムとなっていたこと、本件預金債権の昭和六一年一一月一九日の出金については番号一二番のオペレーターと当時預金係主任であったBの各キーを用いて、同月二一日及び同月二七日の出金については番号一四番のオペレーターとBの各キーを用いて、手続が行われたことが認められる。

そして、Bは、無通帳によって預金の払戻請求が行われた場合、窓口の係員が払戻請求者に無通帳の理由を尋ね、右係官がオペレーターに対し、無通帳での預金払戻請求があったこと及び無通帳の理由を報告し、オペレーターが払戻請求書と普通預金申込書との双方に記載押印された名前、住所、印鑑を照合し、あるいは筆跡を照合することにより本人確認を行い、場合により運転免許証若しくは健康保険証の提示を求めるなどして、本人であることが確認できた場合に、預金の払戻しに応じると陳述(乙四)ないし証言している。

3  ところで、本件全証拠によるも、本件預金債権の払戻請求を行った者が無通帳であることについてどのような理由を説明したのか、被告の担当者がどのような方法で本人確認を行ったのか若しくは本人確認の手立てすら取らなかったのか、払戻請求書と普通預金申込書とに押印された印鑑の違いがそれらを照合することにより一見して明白であったのか、あるいは極めて似ており通常の注意をもってしてもその違いを認識することができなかったのかなど、本件預金債権払戻しに関する事情は、1に認定した以外一切明らかではない。

右のとおり本件預金債権払戻しに関する具体的事情は一切明らかではないこと及び2に認定した事実並びに2のBの陳述及び証言を考慮すると、1に認定した、本件預金債権が原告本人ではなく第三者に払い戻されているという事実、右払戻しに関して原告所持の取引印が使用されていないという事実、本件普通預金口座から無通帳取引による預金の払戻しが初めて行われ、しかも近接して無通帳取引により本件預金口座のほとんどの預金が払い戻されているという事実だけで、被告の担当者が、預金払戻請求者の本人確認や払戻請求書と普通預金申込書の印鑑の照合をいずれも怠って払戻しを行った過失があると認めることはできない(被告担当者の故意を認めることができないのはいうまでもない。)。

4  以上によれば、原告の不法行為に基づく予備的請求も認められない。

三  以上によれば、原告の本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 前田順司)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例